「歩き遍路指南書」に先立つ、仏教観・遍路観を記した「三念」と自伝【夢遍路」

 

仏教を生きる

 

 

三 念

 

 

心の癒し

 

 

 

目次

序  文

第一章 仏     典

第二章 三     念

第三章 遍  路  行

仏前勤行次第

第四章 詩     篇

第五章 宗教を 問 う 

第六章 総     括

一遍路求道の自伝

    夢   遍   路

 

序 文

宗教とは、この世における人の生き方を示すものであって、死者の為のものではないと私は思うのです。

宗の字を見れば[ウ冠]の内に[示す]と書かれます。[ウ冠]は家を表わし、その家は心の住処を表わします。心の住処それはこの肉体に他なりません。これによって肉体の内に示されたる教えと捉えることが出来ます。

この事から無宗教者は存在しないと私は思うのです。唯人がそれに気づかぬだけだとすれば、気づかせる為に私はこれを書くのです。

肉体、この人身を構成する諸器官の働きは大調和をもって自我なく、私という一人の人身を生かし切らんが為に休む事無く唯々精進あるのみです。

各器官には上下貴賤の差別無く、自らの任を全うし決して自らの任を嫌い又、他の任を望むものは有りません、唯互助あるのみです。

これこそ大我なる仏性,神性でなくて何でありましょうか。

聖書には、「神は自身に似せて人を造られた」とあり、仏典には、「一切衆生悉有仏性」とあります。

人は神仏の子にして、神仏の心の体現者でなくて何者でありましょうか。

 

これ当に神仏の慈悲に他ならず、神仏の心を我が心として生きるこそ宗教信仰の本義本懐ではないでしょうか。

私はそう信じてこれを書き綴るのです。

 

 

第一章  仏 典

仏 道

念珠は合掌の手かせ  合掌は信仰の基  信仰は霊魂の糧  霊魂は永遠の自己なり

常に死を眼前に捉え今を生きるこそ仏道なり。

七 仏 通 戒 偈

諸悪莫作  衆善奉行  自浄其意  是諸仏教

開 経 偈

無上甚深微妙法  百千万劫難遭遇

我今見聞得受持  願解如来真実義

懺 悔 文

我昔所造諸悪業  皆由無始貪瞋痴  

従身口意之所生  一切我今皆懺悔

三 帰 礼 文

自帰依仏  当願衆生  体解大道  発無上意

自帰依法  当願衆生  深入経蔵  智慧如海

自帰依僧  当願衆生  統理大衆  一切無礙

 

 

佛説摩訶般若波羅蜜多心経

観自在菩薩・行深般若波羅蜜多時・照見五蘊皆空度・一切苦厄舎利子・色不異空・空不異色・色即是空・空即是色・受想行識・亦復如是・舎利子・是諸法空相・不生不滅・不垢不浄・不増不減・是故空中・無色無受想行識・無眼耳鼻舌身意・無色聲香味觸法・無眼界乃至・無意識界・無無明亦・無無明盡・乃至無老死・亦無老死盡・無苦集滅道・無智亦・無得以無所得故・菩提薩依・般若波羅蜜多故・心無礙・無礙故・無有恐怖・遠離一切顛倒夢想・究竟涅槃・三世諸仏依・般若波羅蜜多・故得阿耨多羅・三藐三菩提・故知般若波羅蜜多・是大神呪・是大明呪・是無上呪・是無等等呪・能除一切苦・眞實不虚・故説般若波羅蜜多呪・即説呪曰・羯諦羯諦・波羅羯諦・波羅僧羯諦・菩提薩婆訶                     般若心経   南無釈迦牟尼仏  三念正起 浄土招来

 

 

廻 向 文

願わくは此の功徳を以て普ねく一切に及ぼし我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん

 

第二章  三 念

感 謝 の 念 (報恩と愛の実践)

感謝するはこれ当に第一義なり、たとえ四苦八苦の中に在りとも今生において良きにつけ悪しきにつけ貴重な体験をさせて頂いた事への感謝、又相対するものへの恩を想い感謝することは,貪瞋痴の三毒を減ずる。

感謝の念無くば新たな三毒の芽断つこと叶わず、常に心乱れるなり。

感謝の念正しく起こすところに、不平不満三毒の芽育つことなし。のみならず報恩の心芽吹き利他の心を生ず。これ菩提心の始めにして心平安にいたる道なり。日々の食に生命あり、この生命を頂くに仏性を想い感謝して頂くところ生命の尊厳を知る。感謝なくして食すべからず。

万象万物に仏性あり、悉くに感謝あるべし。仏性即ち大我なり,大我に生きんこそ仏道なりや。

懺 悔 の 念 (智と洗心の実践)

懺悔文の実践をもって急ぎ洗心の一念を起こすべし。過去一切の懺悔は心の研磨、日々の懺悔は仏性成就への一拭なり。智をもって仏法を学するところ当に開経偈の本義なり。一宗を妄信するには非ず。懺悔の念正しく起こすところに自我を滅し大我を生ず。

懺悔すべきは三毒からなる身口意の三業であり、五戒の本義をもってし雑多な戒を強いるには非ず。五戒の本義を智をもって見極め自戒するこそ懺悔の本道なり。この智を磨くことによって心の平安を得ん。

苦行に片寄らず、快楽に片寄らず、中道を歩むるはこれ懺悔の功徳、千千に乱れる心を主と成さず、心を整え心の主と成らん。

祈願の念(理想と向上の実践)

行無くば祈願成らず、これ自己実現の道。感謝の念懺悔の念を通じ利他の心を育み、大我なる理想を求めて行ず。自ら現世浄土具現の一助とならんと発願し、人生設計、目標,向上を祈願し努力精進怠らず、祈願の念正しく起こすところ、三念共に正起して成就する。しかして今世に成就ならざれども嘆くことなかれ、心すでに阿羅漢への途上、この身は土に帰れども魂の転生輪廻限りなく仏近きを喜ばん。

大衆共に行ずれば、浄土はこの世に現前す。

自戒の扉

在家の五戒にこそ戒の本義は存在する。不殺生戒の矛盾こそが、五戒の本義を解く自戒の

扉であり、この扉の鍵七仏通戒偈に照らして五戒の各々を諸悪とおくとき、衆善はと問えば、深く洞察するほどに多くの善戒を生ず。

これこそが自戒、自らが選び取る強いられる事のない自戒である。

 

 

五 戒

一、 不殺生戒

一切のものに仏性があり、その仏性を持つものを殺してはならないと御仏は云う。しかし私たちは生き物を殺しその生命を頂いて生きている、殺生なくして自らの生命を維持することは出来ない。ここに大きな矛盾を感じるのは私だけでしょうか。この矛盾に行き着くとき、七仏通戒偈に照らしてみれば「生かせ」という善戒に辿り着くのです。

人を生かすとは、唯食物を与えるだけで良いのでしょうか、神仏の心に一歩でも近づけるべくその心を育むことこそ大事ではないでしょうか。

人に限らず、あらゆる物を生かしきること。そこに不殺生戒の本義が隠されているのだと私は思うのです。一切のものに感謝して生きることこそ本来の人生ではないでしょうか。

食事の前の《頂きます》は、命に対する感謝とその命に対する報恩、それは、「あなたの命を決して無駄には致しません、この仏性を磨いて往きます。」ここにこそ仏道があるのではないでしょうか。

不殺生戒とは、正しく生かすための諸善戒と言えるでしょう。

二、不偸盗戒

偸盗に対する善戒は、六波羅蜜の布施の行、与えるということでしょう。

欲するままに与えて良いものでは無く、真実必要なものをもって心を育む事が大事でしょう。あなたの布施の一灯がやがて万灯となってこの世を照らすのです。喜捨、布施の心を持ちましょう。

不偸盗戒とは、正しく与える為の諸善戒と言えるでしょう。

三、 不邪淫戒

邪淫に対する善戒は、男女の性に限りを持たず、親子、兄弟、師弟、友人、隣人、等々人との関わりにおいてどうあるべきかを模索し戒めるものであって、不倫や姦淫といった邪淫そのものに限定されるのではなく、・・・・・・・・。

不邪淫戒とは、人間関係のあるべき様を正すための諸善戒と言えるでしょう。

四、 不妄語戒

妄語に対する善戒は、悪口、綺語、両舌等他者を害する言動を戒めるものであって、その元となる心において自我を減じることが求められるのです。一切平等の立場に立って感謝の念を持つことによって、怒り、憎しみ、妬み等は減じられ客観的に自己を見つめる事も出来るのです。それによって自己の欠点も見え、懺悔も容易に出来るでしょう。

不妄語戒とは、信実語によって他者を善導する為の諸善戒と言えるでしょう。

五、 不飲酒戒

飲酒に対する善戒は、飲酒に止まらず自らの心身を害するものを受け入れる事を戒めるものであり、酔う為に、憂さ晴らしの為に飲む酒は自他共に苦を招くものでしかない。

 

 

モルヒネや酒において、一時的に肉体維持の為に薬として寝る前に服用する分には許されるべきものと私は思います。

他者からの不妄語戒に関わる言動もそれを飲み込めば自らの心を害する事となる。

不飲酒戒とは、受け入れる側の自らを善導する為の諸善戒と言えるでしょう。

 

第三章 遍 路 行

 

一、 発心の道場(徳島県)

 

発心とは発菩提心の略、自らは悟りを求め衆生を利益せんと願う心を発こすこと。

この発心あってこそ、修行、菩提、涅槃、へと導かれるのです。そして八十八番大窪寺で発心の芽が結実し結願となるのです。

遍路行、仏道を歩む者にとって無くてはならない心、それが発心です。

札所を巡る事のみで結願するのではなく、仏道を歩もうとする心が無ければならないのです。発心の心を持って巡られるお遍路さんは、そのお参りの姿に発心が表れます

姿、形より心をこそ整えなされてお遍路なされますように。

 

一番札所霊山寺よりいざ遍路

 

発心の朱門をくぐり山門へ

  

山門の前で                 合掌一礼

  

手水に着きては               合掌一礼

洗心の一念込めて、三業懺悔の意思表示

   手を浄めては    心業懺悔

口を浄めては    口業懺悔

柄を浄めては    意業懺悔       合掌一礼

 

鐘楼に着きては               合掌一礼

煩悩滅除の一念込めて    一打      合掌一礼

 (鐘は打てない札所も有りますのでご注意下さい)

 

本 堂 へ

 

ロウソク一本灯明をあげ

煩悩焼去の一念込めて            合掌一礼

線香三本ロウソクより転火

三帰、三竟、三蜜加持の一念込めて      合掌一礼

  賽銭、納札、写経を納め            合掌一礼

 

  《後に続く参拝者の邪魔にならない所まで下がり》

 

  読  経                   合掌一礼

 

合掌礼拝

  

「おんさらばたたぎやたはんなまんなのうきゃろみ」

五体投地    三礼

                      に始まる仏前勤行次第

(ご本尊の真言が分からない時は南無本尊界會「なむほんぞんかいえ」三唱)

 

 

 

 ぶつぜん ごんぎょう  しだい

仏前勤行次第

 

がっしょうらいはい

合掌礼拝

うやうや                   らいはい

恭しく みほとけを 礼拝したてまつる

おん さらばたたぎゃた はんなまんなのう

きゃろみ

かいきょうげ

開経偈  仏法にあうことのよろこび 

むじょうじんじんみみょう     ほう     ひゃくせんまんごう     あ う     

無上甚深微妙の法は 百千万劫にも遭遇こと

 かた   わ    いまけんもん   じゅじ              え

難し我れ今見聞し受持することを得たり

ねが        にゃらい    しんじつぎ   げ  たてまつ

願わくは如来の真実義を解し奉らん

むじょうじんじんみみょうほう      ひゃくせんまんごうなんそうぐう

無上甚深微妙法  百千万劫難遭遇

 が こんけんもんとくじゅじ       がんげ にょらい  しんじつぎ

我今見聞得受持  願解如来真実義

 

 

 さん げ     もん

懺悔の文 罪深き自分を反省する

 む し                  とん          

無始よりこのかた 貪(むさぼり)

  じん           ち                 ぼんのう

瞋(いかり)痴(おろかさ)の煩悩に

                 み   くち   こころ    つく

まつわれて身と口と意とに造るところの

                                ことごと  さんげ         

もろもろのつみとがをみな悉く懺悔し

 

たてまつる

 が しゃくしょぞう   しょあくごう        かい ゆ  む  し  とんじん ち

我昔所造諸悪業  皆由無始貪瞋痴

 じゅうしん ご い   し しょしょう        いっさい が  こんかい さんげ

従身語意之所生  一切我今皆懺悔

 さん   き

三 帰 

         み こんじょう      みらいさい                ふか

この身今生より 未来際をつくすまで深く

 さんぽう   き え

三宝に帰依したてまつらん

 

 

 

 で し  むこう    じん みらいさい

弟子某甲 尽未来際         

 き え ぶつ   き え ほう   き え そう

帰依仏 帰依法 帰依僧       三唱

さん  きょう

三 竟

         みこんじょう        みらいさい

この身今生より 未来際をつくすまで

                さんぽう    き え

ひたすら 三宝に帰依したてまつり 

 

とこしなえにかわることなからん

 で し む こう    じんみらいさい

弟子某甲 尽未来際         

 き え  ぶつきょう  き え ほうきょう  き え そうきょう

帰依仏竟 帰依法竟 帰依僧竟    三唱

じゅうぜんかい

十善戒

         み こんじょう       みらいさい

この身今生より 未来際をつくすまで

じゅうぜん               まも

十善のみおしえを守りたてまつらん

 

 

 で し  むこう    じんみらいさい

弟子某甲 尽未来際         

ふせっしょう   ふちゅうとう   ふ じゃいん

不殺生 不偸盗 不邪淫

 ふ もう ご   ふ き ご    ふ あっく     ふりょうぜつ

不妄語 不綺語 不悪口 不両舌

ふ けんどん   ふ しんに    ふ じゃけん

不慳貪 不瞋恚 不邪見       三唱

ほつ ぼだいしん   しんごん

発菩提心真言  白浄の信心を起し仏の冥護をいただく

 

びゃくじょう  しんじん   おこ       むじょう   ぼ だい   もと

白浄の信心を発して 無上の菩提を求む

ねが        じ た               ほとけ  みち   さと

願わくは自他もろともに 仏の道を悟りて

しょうじ    うみ   わた                  げだつ     ひがん

生死の海を渡り すみやかに解脱の彼岸に

いた

到らん

おんぼうじ しった ぼだはだやみ  三唱

さん まや かいしんごん

三摩耶戒真言   一切菩薩の律儀具足す

 

                            こ                  にょらい

われらはみほとけの子なり ひとえに如来

  だいひ     ほんぜい    あお           ふ に       じょうしん    あんじゅう

大悲の本誓を仰いで 不二の浄信に安住し

ぼ さつ    り   た       ぎょうごう   はげ         みほとけ     いのち      そう

菩薩利他の行業を励みて 法身の慧命を相

ぞく

続したてまつらん


おん さんまや さとばん      三唱

 

 

はんにゃしんぎょう

般若心経

    はんにゃしんぎょう         ぶっきょう     せいよう   みつぞう     かんじん

般若心経は 仏教の精要 蜜蔵の肝心なり

 じゅ じ      こうく                  く      ぬ      らく   あた

このゆえに誦持講供すれば苦を抜き楽を与え

    しゅじゅうしゆい                  どう     え   つう     お

修習思惟すれば道を得 通を起こす まこと  

         せ けん    やみ     て        みょうとう                しょうじ

にこれ世間の闇を照らす明燈にして 生死の

   うみ    わた    いかだ          ふか  さんぎょう      ししん       どくじゅ

海を渡す船筏なり 深く鑚仰し 至心に読誦 

したてまつる

 

ぶっせつま か はんにゃは ら み たしんぎょう

仏説摩訶般若波羅蜜多心経

     かんじ ざいぼ さ         ぎょうじんはんにゃ  は ら      み た じ       しょうけんごうん

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊

かいくう      ど  いっさい   くやく         しゃり し      しき ふ い  くう       くう ふ

皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不

い しき      しき そく  ぜくう        くうそく ぜしき      じゅそうぎょうしき     やくぶ

異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復

にょうぜ       しゃり し      ぜ   しょ   ほう くう そう  ふ しょうふめつ      ふ く

如是 舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢

ふじょう      ふ ぞうふ げん     ぜ   こ    くうちゅう  む しき    むじゅそうぎょう 

不浄 不増不減 是故空中 無色 無受想行

しき    む げん  に  び ぜ っしん  に     む しきしょうこう  み   そくほう     む げん 

識 無眼耳鼻舌身意 無色聲香味觸法 無眼

 かい ない し    む い しき  かい     む む  みょうやく    む むみょうじん    ない

界乃至 無意識界 無無明亦 無無明盡 乃

   し む  ろう   し   や く  む ろう  し  じん      む く    しゅうめつどう   む ち  やく

至無老死 亦無老死盡 無苦集滅道 無智亦 

  む  とく    い  む  しょ とく    こ      ぼ だいさっ  た      え はんにゃ    は ら み

無得 以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜

   た こ    しん  む けい げ      む けいげ こ       む  う   く   ふ    おん り

多故 心無礙 無礙故 無有恐怖 遠離

 いっさい てんどう   む そう    く   きょう ねはん    さん ぜ しょぶつ     え はんにゃ

一切顛倒夢想 究竟涅槃 三世諸仏 依般若

  は  ら   み  た   こ     とく あ    のく  た ら    さんみゃくさんぼだい      こ ち

波羅蜜多故 得阿耨多羅 三藐三菩提 故知

はんにゃ   は ら   み  た   ぜ だい  じんしゅ     ぜ だい みょうしゅ    ぜ むじょう

般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上

しゅ     ぜ む とう  どう   しゅ    のうじょ   いっさい  く     しんじつふ こ      こ

呪 是無等等呪 能除一切苦 眞實不虚 故

 

せつはんにゃ  は  ら   み  た しゅ    そくせつしゅわつ    ぎゃてい ぎゃてい  は

説般若波羅蜜多呪 即説呪曰 羯諦羯諦 波

 ら ぎゃてい   は ら そう ぎゃてい  ぼう じ  そ わ か     はんにゃしんぎょう

羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶  般若心経   

ご ほんぞんしんごん

御本尊真言

しゃか にょらい 

釈迦如来

 のうまくさんまんだ ぼだなん ばく 三唱

こうみょうしんごん

光明真言

とな                こうみょうしんごん      だいにちふもん    まんとく

唱えたてまつる光明真言は 大日普門の万徳

            じ    あつ                    むな

を二十三字に摂めたり おのれを空しうして

 いっしん   とな                       ほとけ  こうみょう   て

一心に唱えたてまつれば み仏の光明に照ら

              まよい   きり                    じょうしん  たまあき

されて 三妄の霧おのずからはれ浄心の玉明

               しんにょ   つき

らかにして 真如の月まどかならん

 

おん あぼきゃ べいろしゃのう 

まかぼだら まに はんどま じんばら 

はらばり たや うん        三唱

 ご ほうごう

御宝号

  たかの   やま    み             すく         て    た   たま

高野の山に身をとどめ 救いのみ手を垂れ給

                            き え

う おしえのみおやに帰依したてまつる

  ねが       むみょうじょうや    やみじ           にぶつちゅうげん

願わくは無明長夜の闇路をてらし二仏中間の

 われら   みちび

我等を導きたまえ

  な  む だい し へんしょうこんごう

南無大師遍照金剛          三唱

 え こう   もん

廻向の文

  ねが         こ     く どく    も      あま     いっさい   およ

願わくは 此の功徳を以って普ねく一切に及

      われら   しゅじょう  みなとも    ぶつどう  じょう

ぼし我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん

 

読経を終えて各々の祈願を成す

参拝を終え本尊に対峙して          一礼

 

大 師 堂 へ

 

  各々本堂に順ずる

 

  その他の堂宇を礼拝する

  仏塔については舎利礼文を

  

大恩教主法界塔婆舎利礼の文 

いっしんちょうらい  まんとくえんまん   しゃかにょらい   しんじんしゃり     

  一心頂礼 万徳円満 釈迦如来 真身舎利 

   ほん じ ほっしん  ほっかいとう ば   がとうらいきょう  い が げんしん

  本地法身 法界塔婆 我等礼敬 為我現身

    にゅうががにゅう  ぶっ か じ こ   が しょうぼだい   い ぶつじんりき

  入我我入 仏加持故 我証菩提 以仏神力

     り やくしゅじょう  ほつぼ だいしん しゅうぼさつぎょう  どうにゅうえんじゃく

  利益衆生 発菩提心 修菩薩行 同入円寂

   びょうどうだいち  こんしょうちょうらい

  平等大智 今将頂礼

 

納経を済ませて 山門を出て     合掌一礼      


読 経 と は

経を読むことであり経本の字を読むことではありません、経文に書かれている仏の心を読み取り実践出来てこそ、経を読んだ、経を読めると言えるのです。

納 経 と は

帳面に朱印を頂く事ではありません、それはお参りを済ませたという証にしか過ぎない。

真実納経とは、経に書かれている仏の心を一念込めて己が心に納めることであり、己が心を読経に込めて仏の元に納めること。

『入我我入』

真言宗、弘法大師空海の教え     三蜜加持の一歩です。

 

次 の 札 所 へ

 

二、修行の道場(高知県)

発心したるその念い、行じてゆくのが修行の道場、利他の心を育くまん。

自分が出来る事をば一つづつ、思い描きつ行ず道。

(試行錯誤しながらの状況)

 

三、菩提の道場(愛媛県)

心洗われて、「忘己利他」の心を込めて行ず道。

(修行が進み自然な形で行ぜられる状況)

 

四、涅槃の道場(香川県)

菩薩行をば重ね来て、自利利他円満する中に、結願遂げて行満てり。

(周りを一切気にせず、利他の行が自然に行ぜられる状況)

発心の道場から比べて、己が心の向上をハッキリと自覚される時、その人は真実結願したと言えるのです。遍路は回数ではありません。真実遍路する事で大師の教え『十住心』昇るのです。

 

経 文 の 行

 

開 経 偈

得難き経を受持する喜び             感 謝 行

 如来の真実義を解すべく             教 学 行

 

三 帰・三 竟

 三宝帰依の                   礼 拝 行

 

懺 悔 文

 身口意の三業懺悔の               洗 心 行

 

般 若 心 経

 行深般若波羅蜜多   六波羅蜜の        菩 薩 行

 

廻 向 文

 自ら行ぜし功徳をもって廻向するこそ       廻 向 文

 

新 旧 遍 路

 

遍路の始まりは、衛門三郎懺悔旅

四十七番八坂寺先の「文殊院」その辺りが衛門三郎の生家住居跡とされており、八人の子供の塚『八つ塚』や『札始め大師堂』が近くに在ります。

衛門三郎は順打ちを重ねて大師に巡りあえず逆打ちを重ねて、十三番大日寺から十二番焼山寺の麓で念願の大師に出会い、懺悔し終えて生命はてるのです。そこが『杖杉庵』として今に残る地です。

このいわれから逆打ちに利益ありと伝えられて居ります。

 

白衣の背に書かれたる『南無大師遍照金剛』

白衣は極々軽いものですが、名号の重みを感じられる人こそ遍路です。

 

現在、お遍路さんの巡り方は様々ですが、札所においては同じ事を行じているはずです。

しかし、そこに真実なるものを見る事はまれにしかありません

はるばる北海道や沖縄から来られる人達、多くの費用と、多くの時を無駄に費やして、以前の生活より要らざる業を背負い込み、悪しき人生を歩む人の多きこと。

当に『迷故三界城』自らの業、煩悩にしばられて生きるのみ。

真実遍路する中に心洗われて、城郭は崩れ悟りへの一歩を踏み出す。

ここに『悟故十方空』心の自由を得る道が開かれるのです。

この肉体は多くの制約を受けて、不自由に感じられる事が多々有りますが、心はこの宇宙をも駆け巡ります。

白衣、白装束はこれ死に装束であり、杖は卒塔婆、墓標となって葬られるのです。

いにしえの遍路は、獣道をも歩いた事でしょう。旧い遍路道には、苔むした遍路墓が点在します。野仏の地中に眠る遍路も居られます。

今、私たちが巡る遍路道は数知れぬ遍路の血と汗と涙で固められた道なのです。

あだおろそかに巡れましょうか、遍路墓や野仏に手を合わせずに通れましょうか・

幾多の遍路や大師を偲んで建てられた、大師堂、地蔵堂、観音堂、等々地元の人達の信仰の場にどうして立ち寄らずに居られましょうか。

はたしてあなたはどの様なお遍路をされるのでしょう。

どうか真実遍路される事を祈ります。

 

歩き遍路さんに一言

歩くと言う字は止まれ少しと書きます、先を急がずたまには止まって自然と対話して御覧なさい。そこここに営まれる生命の生き様と、己の生き様を対比する時、多くのことに気づかされます。

そこに懺悔と向上が生まれるのです、新たな自己の発見があるのです。

みなさんは、托鉢や門づけをどう思われるのでしょう。

本来托鉢をする側には『廻向文』の実践がなければならないのです

喜んで捨てる『喜捨』の心を、布施の心をお持ち頂き、共に仏道を成ずる事を願うのです。

相手のご先祖を供養する心や、幸福を願う心がなければなりません。

それがなければただの乞食です。

托鉢をされているお遍路さんは、生きる為に托鉢をし、感謝を持って『小欲知足』の人生に甘んじ衆生利益を願うのです。


 

 


第四章 詩  篇

 

遍 路 道

 同行二人 霊魂不滅 杖をつかずば共ならず

              歩く道こそ遍路道

同行二人 追随修行 修行なくして同行ならず

             歩く道こそ遍路道

経本読誦 帰依三宝 経を行ずる人生は

              一日一生遍路道


三業懺悔 いや忘己利他 自利利他円満すればこそ

             結願遂げる遍路道

同行二人 三蜜修行 日々に勤めて怠りなくば

人生全たき遍路道

 

つ れ づ れ

 遍路道  竹の根巡る  春みみず

 歩々遍路  梅雨も梅雨たり  晴れて汗する

 行ありて  読経も汗に  しみわたる

 塚地越え  ウグイスの声  しきりなり

 夫婦岩  梅雨もあけたり  潮の声

 花を愛で  草木と語る  安芸花火

 大日寺の  空澄み渡り  蝉しぐれ

 大日寺の  読経と聴くや  蝉の声

 

 

第五章 宗 派 を 問 う     

 


奈良時代においては

神道を擁立する物部氏と、仏教を擁立する蘇我氏との争いの後に、聖徳太子によって十七条憲法を軸に仏教国家が成立する。

平安時代においては

伝教大師最澄によって、比叡山に延暦寺を建立、天台宗を創設。

弘法大師空海によって高野山に金剛峯寺を建立、真言宗を創設。

この両宗派は、時の天皇公家を中心に法は説かれた。

鎌倉時代においては

日蓮上人は時の権力者、執権北条氏に対し国家安穏の為に法華経一教をもって国を治めることを、立正安国論を呈して法は説かれた。       日蓮 宗  身延山久遠寺

日蓮正宗  富士大石寺

法然上人は自力聖道門を捨て、浄土三部経をもって浄土門を開き法は説かれた。

浄土宗

親鸞聖人は法然上人の弟子となり、戦乱と飢餓に苦しむ文盲の衆生に阿弥陀経をもって法を説くべく、あえて肉食妻帯したるもの。                                         ・                         浄土真宗  本願寺

道元禅師は宋に渡り、曹洞禅をひっさげて時の僧侶の育成の為法を説いた。

曹洞宗  永平寺

 

これら各宗は、その説くべき対象を異にするものであり、時代的背景を見ても現代においても宗祖在世当時の様相とは全く様変わりし、人は日々の生活を安楽に謳歌し、高等学校すら義務教育化されようとする世相のなかで、本来の釈迦の仏道を行ぜられない者は皆無に等しく、いかで宗祖の法に固執しそれのみを正法とするや。

聖徳太子、十七条憲法に『和を以って尊しとなす』とある如く、仏法は調和を求むるものであり、けん制し合うものには非ず。

 

法ありても、行、証、無きとする『末法の世』

経文ありとて、その心を行ずる者なくば、当に末法。

仏教教祖釈尊にたちかえり、現代に生きる法を説き、行を成ずるところ、自ずと証のきざしなからん。

 

 

第六章  総  括

 

料理のレシピ本を幾千回幾万回読もうとも、料理はその姿を現さない。

レシピ本を読み内容を理解して、実践してこそ始めてその味わいは問わずともその姿を現しその味わいは反省と努力によって向上を見るが如く

経本においてもしかり、実践と懺悔と精進によって経の功徳、仏の慈悲を味わえるものである。

 

南無阿弥陀仏とは

法蔵比丘が仏道を行じ、法蔵菩薩となり、四十八願を成就して阿弥陀仏と成りたる者、その法蔵比丘の心を帯して生きようとする所にこそ、阿弥陀仏に南無する真実がある。

 

南無妙法蓮華経とは

法華経に帰依し、法華経に説かれる心を帯して生きようとする所にこそ、妙法蓮華経に南無する真実がある。

南無観世音菩薩とは

観音経(妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五)般若心経、等に説かれる観世音菩薩の心を帯して生きようとする所にこそ、観世音菩薩に南無する真実がある。

 

南無大師遍照金剛とは

弘法大師空海の心をその著書に学び、その心を帯して生きようとする所にこそ、弘法大師に南無する真実がある。

 

名号や題目を唱えるのみで、その教え、その果実を味わうことは出来ない。

経はそれを実践してこそ、その妙実を味わい得るものである。

経文はその字を読むのではなく、経を己が心に納め実践し得てこそ経を読むのである。

 

 

 

 

 

一遍路求道の自伝

 

 

夢 遍 路

 

これは

餓鬼道をさまよい歩き自らの心の癒しを求め、仏道を歩まんと四国遍路を行場として歩き続けた一遍路の求道の自伝である。

 

夢遍路

仏 縁

道 心

 

 

 

 

夢遍路

 

そこここにまだ溶け切れぬ雪の残る山道を、とぼとぼと下る薄汚れた白衣をまとう遍路がいた。その背には十二キロ余りの荷を負っている、手には金剛杖ではなく何故か茶色く塗られた錫杖を握っていた。時折立ち止まり、草木や野鳥を眺めながら何やらつぶやいている様子である。そこは、発心の道場といわれる阿波徳島県十二番札所焼山寺の先、杖杉庵に程近い遍路道。

 

この遍路、名を『円心』という、もちろん本名ではない。僧侶でもなさそうなのに何故か『円心』と名乗っている。その訳を聞いてみると、当の円心はこう答えたのである。

「私は僧侶ではない、一介の乞食遍路に過ぎないが三帰・三竟を唱える以上、私も仏弟子であり何ら僧侶と変わる所はない。いやしい過去を持つ私がその懺悔の意味からも、円かなる心を持てと自戒する為にあえて名乗るのであり、旧くは自誓受戒が行われていたものと聞き、それならば自誓得度も有り得ようとの想いから、私自身において自誓受戒・自誓得度をもってあえて円心と名乗るのです」言い終えて円心は、合掌し『南無釈迦牟尼仏』を三唱したのであった。

この遍路はいったい何処に宿るつもりであろうか、十三番大日寺までは日暮れまでには到底行き着けまいに。そんなことを思っていると、円心は

「今日は鍋岩から玉ヶ峠のお堂に泊めて頂こう、食すものも乏しきゆえ」又こうもつぶやいた

「日の暮れるのも早いゆえ少しは先を急ごうか」

 そして陽が西に傾くころ鍋岩の集落に着き、バス停の近くの出店でペットボトルのお茶の接待を受けた。この店の主はもう八十歳近くになる老婆である。物忘れが激しく同じことを何度も聞いてくる。少しは面倒にも思うが、私もいずれこの人の様になる身だと思えばさして苦にはならない、実に心根の優しい老婆であり、これまでもここを通る度にお接待を頂き心身ともに癒されてきた円心であった。

 そこで円心は嬉しい便りを耳にした。

「もうすぐこの下にすだち館という遍路宿が出来るよ」というものであった。

あちらこちらで、つぶれ、つぶされてゆく遍路宿がある中で、心ある人たちの善意で建てられる遍路宿が、この最初の難所焼山寺越えの地に出来る事に言い知れぬ喜びが沸いてくる想いであろう、目頭を押さえるそのしぐさにその想いが伝わってくる。

 

ここに、何故遍路宿がつぶれ、つぶされてゆくのかを記しておこう。

お遍路への接待の想い、それは大師への接待でもあるが、その善根を持たれた人から代々引き継がれて来たものの現代の世相の中で、宗教心の薄き子の代に引き継がれる事がまれである事から、今の代で宿が閉じられる事でつぶれ。

心ない遍路の行為が閉じざるを得ない状況をつくり出しているのだ。

 宿の中で、酒を飲んでは騒ぎ、後の始末もせず持ち込んだ塵をも置いて行く。

そればかりか盗みすらする遍路がいる、そうした行為によって閉じざるを得なくなり、又、その宿の承諾もなくネットに宿の存在を流す事により、週に幾人かの遍路さんに対していたものが、毎日のように来られる様になってはその宿のご家族の生活を脅かし閉じざるを得ない状況に追い込まれる事である。

 これらは、テレビ等で四国遍路を取り上げて報道される中で、興味を引く綺麗な所ばかりを写すのみで視聴率を優先し現実を報道しないがゆえに、興味本位で遍路に出、ネットからの情報を頼りにこうした善根宿を利用しようとする為であり、そこに我執に満ちた日常生活を持ち込み我が家の如くに利用しょうとする所にある。

 遍路は非日常の生活を通して我執を捨て、小欲知足の生活において仏道を歩む所に新たな自己の発見をみる旅であるのに・・・・・・・・・・・・・・・・。

あらゆるものがそこに在って当たり前という感覚で居られる事は嘆かわしき限りであり

本来『無くて当たり前、在って有難し・合掌』この姿こそあるべきものなのです。

 

余談はさておき、円心を見失ってはなりません、円心の所に駆け戻りましょう。

 

 当の円心は、鍋岩から緩やかな坂道を登りながら玉ヶ峠を目指していました。

お接待で頂いたお茶でのどを潤し

 

「南無大師遍照金剛」を連唱しながら、時に般若心経をまじえ身は重くとも心軽やかに・・・・・・・・・・・・・・。

その声に応えるかのように野鳥のさえずりや、木々の葉音が聞こえます。

 

夕焼けの空の中に六地蔵が出迎える玉ヶ峠。

 

お堂の前の縁先に重き荷をドッカと下ろし、袈裟と数珠をかけ手水場に向かう

 

合掌一礼をして手水を使う。

道中の穢れた手で柄杓の柄を持ち汲み取る一杯の水。

「この身今生において度せずんば何れの生にてかこの身を度せん」

 

この一杯の水(今生)をもって度すべく懺悔文・三業懺悔の洗心行。

手を浄めては  身業懺悔

口を浄めては  口業懺悔

柄を浄めては  意業懺悔

自らの三業懺悔の意思表示

いざ仏の御前に、

「久しくご尊顔を拝します、今日も一夜の宿りをお願いします」六地蔵それぞれに『おんかかかびさんまえいそわか』のご真言を三唱しお堂に入りご本尊に唯一つ残ったみかんを供え五体投地・読経・誓願を祈願して。

荷を解き寝袋を出して食事の支度、おにぎりが二つとパンの耳が少し残るばかりの食料から、翌朝の食事の為のおにぎり一つを仏前に供え、そのお下がりを翌朝に頂くのである。

お茶でのどを潤しながらパンの耳と一つのおにぎりを、欠けた歯でかみしめながら生かされている己をしみじみと感じる円心である。

 

食事を終え仏前に合掌する姿は、飢えた山犬のようにやせていた。

 

円心にとってはまだくつろぐ時ではない、これから座禅の一時をもつのである。

円心は身体が硬く結跏趺坐する事が出来ないので、半跏趺坐して座禅を組む、しかしそれすら今は苦痛になって来ている。

前後左右にかるく身体をゆすりながら姿勢を整え、息を整えて禅に入る。

 

雑念がわき、その日一日の事が頭の中を駆け巡る。

 やがて静寂が訪れる頃、カラスが大きく一声鳴いた。

その一声で坐を解き寝袋の上に横臥したのだった。

 

 円心はふと越し方を想う

 

五十七年の歳月を生きてきた。その歳月の何と醜き人生であったろうかと。

 

十三歳の時、家族不信の心を抱き己が存在を示さんとして非行に走り、それが元で精神病院への長の入院生活を余儀なくされ中学卒業の時をもって退院とはなったものの家族不信の心は消える事は無かった。

一種ノイローゼ的な精神状態であったことは自覚されていても、一年半に及ぶ入院生活において精神病者としてのトラウマにさいなまれ続けた。

一つの職にあっても三年と続かず非行、犯罪を繰り返し死んでいて当然の状況においても、わずかなかすり傷や打撲腰痛程度で生命永らえて来たことに故郷を捨て一人身となって、死を思う事も幾度となく有ったが死に切れず、又、

キリスト教・仏教各宗・金光教・天理教等を書に学び、己の心の癒しの道を求めんとしたが果たせるかな、そこに道を見出す事が出来ぬまま・・・・・・・・・平成も十七年、この時、仏教経典『法句経』に出会い、ここにようやく道の戸口を見出すに至った。

 現宗派にこだわらず、釈迦に立ち返って仏教を学ぶこととなり、現宗派の経典教義に対比して己の心の癒しの道を得る事が出来たのだ。

それをまとめたものが今ここに有る『三念』そのものだ。

まだまだ未熟だがこの私でさえ癒しを得る事が出来たのだ。世に在る人々に通じぬはずは無い、この『三念』を世に問うて生きて行こうと想い定め、自らこれを行じる道を四国遍路にもとめ、平成十九年十月五日徳島県一番札所霊山寺より、右も左も分からぬままに遍路の一歩を踏み出したのだ。

 

 最初は民宿泊まりで歩いたが、五十五番南光坊を過ぎるころ財布を失った事に気づき狼狽する。何処で失ったものか分からず、諦めざるを得ないまま残った小銭で生命をつなぎ、伊予の某寺の通夜堂で、その宿泊ノートに愚痴を書き置き出立したが三十分も歩いた時、行き過ぎようとする車に呼び止められ

「境内の掃除をされていたお遍路さんですか」と聞かれるまま

「はいそうです」と答えると

「これはわずかですが使ってください」と封筒を一通手渡され、受け取って振り向いた時そこにはもう車の影も無かった。

開けてみて驚いた、中には三万円もの大金が入っていたのだ。通夜堂に泊めて頂くのに当然のこととして境内の掃除をさせて頂いただけなのに

「掃除ありがとうございました」との一文に添えて二千円のお布施を頂いたばかりか、吐いてはならない愚痴に応えて三万円もの大金を頂いた。

 

私はこのお寺に初めて『三念』を置いたのだ。

私の『三念』が間違いではないのだとの思いと、生命を頂いた感謝の想いで涙が止まらなかったことを昨日のことのように思い出された。

このお陰をもってどうにか八十八番大窪寺まで打つ事が出来、十番切幡寺を経て一番へと歩き何とか一巡はしたものの、これで良いのかと、本来の遍路は、仏道とはと自問し、寝袋代わりのヤッケ一つの托鉢遍路の野宿旅をすることとなった。

通夜堂は使わせて頂くが、通夜する心は持たねばとの想いもわいた。いにしえの遍路が歩いた道を、三念修行の道場として歩く事を決めたのだ。

 そして七度目の今日という日まで、托鉢・廻向文の実践を行じ生命をつないで来たのだ。多くの人々の布施に生かされ、ご縁を得、心つなぐ事が出来たのだ。

 

 通夜堂やお堂、遍路宿のノートにこんなことを幾度も書かれた事がある。

「私度沙門薬代わりと酒を飲み」事実ではあるがしかし、己の名も書けないその人が哀れでならない。

私は酒を飲む事がある、眠れない夜半合程の酒を飲んで眠る。しかし決して酔う為に飲むのではない。体調の優れぬとき、釈尊も実行したと云われる飲尿譚の実践、己の尿を飲む事で体調の維持に努めてきたのでありやめる気は無い。

 

 この三念を流布することが私の天命であり、いつか真実遍路の道場として、又人々の心の癒しの場として遍路宿を造る事が私の宿願なのだと深く心に刻む円心であった。

 その夜の眠りの中に父母兄弟の姿を見ることとなるが、這いつくばって顔を上げ得ぬ己を見い出して、この世に生まれて来たことを、この境涯に感謝し不孝の重さを詫びるばかりで、やっとの想いで顔を上げた時そこには父母兄弟の姿はなくまばゆい陽の光の中を鳥たちの舞う姿があった。

 

 ふと息苦しさを感じて目を覚ますと、電灯を消して寝たはずの室内が薄明るく感じられ仏間の姿もハッキリと見て取れた。

そして円心は

「己の想いを信じて生きれば良いのだ」と自灯明の心を得たのだった。

 再び眠りに入り夢を見ることもなく清々しく朝を迎えた。しかし空はどんよりと曇って今にも降り出しそうな気配だ。

 しばらく地蔵を眺めながらまどろんでいるとポツポツと雨音がしだした、大雨にでもならなければ出立しなければと、朝のお勤めを済ませて、昨夜供えたおにぎりとみかんを下げて朝食を頂いた。

室内と厠の掃除を済ませると少し雨足が速くなり、表の掃除は出来そうも無いので荷の整理をして出立の準備に取り掛かり、整え終わってもやむ気配が無いので座禅を組むことにして座布団を敷いて坐に着き静かに瞑想する円心であったが、一時間ばかり坐っていると雨音は遠のき野鳥が囀り始めた。

円心は野鳥が見送りしてくれるものだと一人合点をして身支度を整え、地蔵に合掌し峠を後にしたのだった。

 

鮎喰川沿いの集落を錫杖を突きながら、門々を巡り托鉢を習いとして三念を行じつつ十三番大日寺を目指すのであった。

 

この円心に、どの様な未来が待っている事であろうか。

 

 知る人ぞ知る今の円心の姿を

 

仏 縁

 

「お遍路さん」と呼び止める声がする。

ふと振り返ると、自転車に乗った御婦人が円心を追って来るではないか。並び立つとその御婦人は「これお接待」と言って、千円札を円心に手渡そうとするのだった。呆気にとられていると「これ途中で飲んでください」と、今買ったばかりと思しきペットボトルを買い物袋から取り出し、両の手でささげ持って手渡されるのであった。

円心は合掌をしてそれを頂き納め札を取り出し日付を書き込もうとする時、その御婦人は「いらない、いらない、しっかり頑張って下さいね」と言って、今来た道を戻って行くではないか。なんというお人だ。わざわざ追って来てまで、・・

布施の心、喜捨の心を持ってしっかりと仏道を歩まれている。

 円心はその後姿に菩薩を見る想いで深く一礼し、合掌する手に珠の涙を落とすのだった。

「南無大師遍照金剛」と一声唱え

「自らを正さねば、真実遍路しなければ、このお接待を受ける資格も、この白衣をまとう資格もない」と自戒せずには居れない思いであった。

 

 次の札所は郷照寺、見上げる空は薄茜色に染まろうとしている。今宵の宿も定めねばならない時刻である。確かこの先に地蔵堂が在ったはず、近くにスーパーも在ったろう。地蔵堂では火を使えないから、何か夕食を買わなければと心騒ぐものがある。

 

《身豊かに 心貧しき 人の世に 菩薩ましまし 我を導く》

 

 また一つ心洗われてトボトボと歩く遍路道、行く手には三ヶ寺を抱える峰があり、結願の寺大窪寺も後数日の道のりだ。

 

 地蔵堂に着いた円心はペットボトルの水で三業懺悔の意思表示、手を洗い口をゆすいで杖の足を洗った。扉を開け中に入ると、杖を置き荷を降ろした。先ずはお参り、ロウソクと線香を立て何時もの様に勤行次第を一読し、くつろぎのひと時を持つ。

 一時間ほどの間に三人ばかりの歩き遍路が通ったが、誰もこのお堂を見向きもしない。歩き遍路が八十八ヶ寺だけを巡る、それで何になるのか、心を洗うべき遍路行がそれで良いのか。

 歩くと言う字を見てみれば

「止まれ少し」と書くではないか、なぜ歩かないのか、なぜそんなに先を急ぐのか。真実遍路のあり方をなぜ探求しようとしないのか。人それぞれとは言えうら寂しさを覚える円心である。

 

「近くのスーパーへ買い物に行こう、そろそろ値引きもされていようから」と座を立って表に出て見ると、あちらこちらに明かりが灯り夕闇に包まれてゆく。その中をスーパーへと足早に出かけていった。スーパーでは案の定半額品がちらほらと見受けられた。円心は三食分を買ったが六百円で事足りた。

 お堂に帰り着くと小銭を賽銭箱に入れて合掌。自らの誓願の道を歩むべく、この命に感謝。

 

「南無地蔵菩薩、導きたまえ我が誓願の道」

 

食事を終えた静寂の中、今日一日を振り返ると人の心の表裏を見る思いがした。

さっきの人のように菩薩の心を持つ人が居れば、遍路をけぎらう人も居る。

 昼近くの事であったろう。コインランドリーの前を通りかかり、喉が渇いていたのでお茶でも買ってランドリーの中で一休みして行こうかと思って、ランドリーの前の自販機でお茶を買って中に入ろうとすると、そこのオーナーらしき御婦人が「洗濯されるんですか、そうでなかったら入ってもらっては困ります」と、けんもほろろであった。

 円心は、まだ洗濯をするまでもないので仕方なく歩き続けた。しばらくするとバス停のベンチが在ったので、冷たいうちにお茶を飲みながら一休みしようと、脇に荷を降ろしベンチに腰を下ろしたのだった。

重苦しいその心は、さっきの出来事で霧消したかのように晴れやかになったのだが、己が心中にもこの二人が同居しているように思えてならない円心である。

 

 

好天に恵まれて、あっという間に数日は過ぎていった。

 

 円心は今、八栗寺を打ち終えて六万寺の門前にたたずんでいる。時刻はまだ夕方の五時少し前であり御住職の来られる六時までにはまだ間があるので、境内をお参りし御住職の来られるのを待って、今日はここに宿を取ることにしたのだった。

 この寺は源平合戦で名高い、幼い安徳天皇の行在所となった由緒ある寺であり元は広大な寺域を有していたものと聞いている。

 本堂の前で読経し、いくつかの堂宇、石仏に参り一休みしていると近くの団地の子供たちが鐘を撞こうと集まって来た。その中の年かさの女の子は円心の事を覚えていて「和尚さんまた来たの」と声を掛けてきた。坊主頭に作務衣姿ではそう思われても仕方のないことだが、円心は「和尚さんじゃないよ、お遍路さんだよ」と微笑み返すようにその子を見つめて言った。その子は首をかしげながら「和尚さんのお友達」とまたしても聞いてくる。

「お友達じゃないけれど何時もお世話になっているんだよ」と答えると

「じゃあ又来るといいよ」と円心を歓迎してくれているようであった。

 そうこうするうちに御住職が来られ鐘を撞く時刻となったので、子供達の鐘を撞く姿を眺めながら合掌し、世の平安を祈る円心であった。

 鐘を撞き終えた子供達に御仏のお下がりのお菓子が振舞われ、ご多忙な御住職にもやっと安らぎのひと時がおとづれる。そこで円心が今夜の宿りを願い出ると快く受けて下さり、通夜堂の鍵が開かれた。

 通夜堂で荷の整理をしていると何時ものように、ポットにお茶、お茶菓子をお接待下された。

「こんな物しかないが」と巻き寿司までもお接待を受けることとなったのである。

「何と美味なる物か、心尽くしのお接待」と欠けた歯で噛みしめる円心がそこに居た。

 後三日の行程である。今夜はゆっくりと休ませて頂こうと、食事を終えるや寝袋を出してすかさず横臥した。

 

またしても越し方を振り返る円心であった。

 

「私はこの七度の遍路で何をし何をされてきたのか」を思わずには居られず、

ついつい愚痴の出る始末であった。

 

 バス停を我が物顔に占拠する自転車遍路。広々とした海部のバス停で「私は一人でしか寝られないのであんたは他に行ってくれ」と言う人。又、神峯寺下のバス停でもまだバスの通る時間から、自転車を中に入れ乗降客の座る余地も無い程に占拠して寝ている人。小田町の先の休息所の東屋では、まだ明るい内から東屋の中にテントを張り自転車までも中に入れ、あまつさえ出入口を塞ぐという愚行を演じる人まで居た。

 数え上げればきりが無い、ついつい愚痴が口をつく円心である。

 

 己のして来た事と言えば、あまり悪さをしたという覚えは無い。しかし気付かぬままに人の心を傷つけて来ているかも知れないと自戒せずには居れないのであった。特に善い事をしたという記憶も無いがあえて挙げるなら、・・・・・。

 二度目の遍路の時、伊予三島近くで火事場の第一発見者になった時の事が挙げられるだろう。三角寺を目指す道中、あまりの暑さからハンカチでも買おうとして小店に立ち寄った時の事である。

 店の外壁の下から煙が這い上がるように見えたので、店の女主人に

「何か焚き物でもされているのですか」と尋ねると

「何もしていないよ」との返事。

 あの煙は何だろうともう一度覗いて見ると、煙は以前に増して立ちのぼり奥の二階家から火の粉が散るのが見え、あっという間にボンという音と共に火柱が上がった。円心はとっさに「火事だ、消防に連絡を」と叫び、その店の裏に回り火事場の二階家を確認すると、まだ一階は外に見える様な火の気は感じられなかった。

 そこで円心は、向いの小学校の校舎から傍観している教師や生徒に向かって、

「消火栓とホースを大至急用意して下さい」と叫ぶと、その教師は何と言ったことか「もう手遅れだ」と言うばかりで何も手を打とうとはしないのだ。

 何という教師か、仮に間に合わないとしても、中に人が居るかもしれない状況で、その神経が理解できない。まだ火の手が上がったばかりで打つ手は幾らでも有ろうものを、生徒全員でバケツリレーをしてでも火を消そうとする行動が有ればそこに、知識の受け売りではない生きた教育が出来るものを。

 こんな教師に教えを受ける生徒こそ哀れに思われる円心ではあったが、己一人の力量にあせりを感じながら、消防団の到着を待ち消火を手伝った。

火はあらかた消されたように見えたので、到着した消防車の長とおぼしき消防士に「火はおさまって来ている、もう突入しても良いのでは」と訴えると

当の消防士は

「防護服を着終わらないと入れない」と言うではないか。

 円心はあきれてものが言えなかった。燃えているのはせいぜい六畳二間位の物その一・二階である。防護服が無くとも口を塞ぐだけで、中の状況を確認する事位はたやすく出来るはずだ。

 己の身可愛さに、中に居るかも知れない人の命を軽んずる消防士とは。この消防士にしろ教師にしろ何という世の中であろう。と嘆かずには居れぬ円心であった。

 円心はためらう事無く一階の窓から入ろうとしたが開かず、蹴破ってでもとあせる中、近所の人から声が掛かった

「その戸は開くよ」と言われるまま、強く戸を引くと人一人出入出来るまでにはたやすく開いた。

 中を見ると、一階部分には全く火の気が無かった。円心は足場に注意し

「誰か居るか」「誰か居るか」と声を掛けながら二階へ駆け上がった。

 そこは今にも焼け落ちそうな壁や柱が見えるばかりだった。現場検証が済むまでは物を動かすことは出来ないが焼死体の有無を確認するため、消防団員に放水を止めるよう促して室内を見渡すが、幸いにも死体を発見することは無かった。

 外に出て中の状況を説明し終わると警察官から、火事場の第一発見者として事情聴取を受けた。まるで過去の取調べの時のようにさえ感じたひと時ではあったが、放水でびしょ濡れのまま、今日は戸川公園で一夜を明かすよりないと思い定めて、現場を後にしたのだった。

 

 そして三度目の遍路でその現場に立ち寄り小店の女主人に聞いてみると、燃

たのは向いの床屋さんの建物だったとの事で、

「寄ってあげたらきっと喜ぶよ」と言われるままに円心はその床屋の戸を開けたのだった。

 思いもよらぬ歓待を受け「ここを通られる時はまた寄って下さい」と暖かい言葉を頂いたばかりか、身に余る金子までも頂く事となった。

 

それ以来ここに立ち寄る度に幾ばくかの接待を頂いている。偶然にもその時そこを通っただけなのに、それを見た以上、やるべき事をやっただけなのに、・・。

 このお接待に甘え続けて良いものだろうかと自問しながらも、自らの誓願の為この身を生かさんが為、甘え続けて来た円心である。

 その家の奥さんが一年先にお亡くなりになろうとは想像もつかぬ事であった。

 

 人は明日を見通すことは出来ない、今という時を精一杯生き切ることのみだ。

己を正さずして人に説く事は出来ない、今の自分、こんな己で善いのだろうかと自問するばかりの乞食遍路。

 悪縁ありてまた良縁あり、気付きを得ることは観世音の諭しに他ならないと思われる円心であり、卑しき境涯も今の己に導く糧であったと逆縁にせよ仏法に出会えたことに言い知れぬ喜びを感じる円心である。

 

「南無大師遍照金剛」八十八ヶ所巡拝の四国遍路への風習、お接待に、今は甘えさせて頂こう。

 己の誓願

『三念流布』『癒しの道場創設』の芽が吹くまでは。

 

 見返りを求めぬ布施の心を持たせて頂こう。それが私をここまで導いて下された御仏への報恩である。

 

縁浅からぬこの六万寺さんで想いを新たにする円心である。

 

 庭で鳴く虫の音を聞きながら静かに眼を閉じ安らぎの眠りにつき明日を夢見るその寝顔はどこか寂しげであった。

 

円心の道心堅固成らんことを。

 


 道 心

 

 

 時は移り平成二十一年春三月

伊予三坂峠、鍋割坂の急坂を錫杖で身を支えながら、下ってゆく見慣れた遍路の姿があった。それは紛れもない円心である。

 まだ雪の残るこの峠道に春の到来を告げる草木の芽吹きを眺めながら、姿は違えど同じ時を共に生きる生命として「お出迎え、お見送りありがとう」と声を掛けては「私にもいずれ春はやって来よう、誓願の芽吹く春が、その時まで生き永らえようや」そんな想いにとらわれるのだった。

 

 土道が途切れようとする所に休息所の東屋が在り、すぐそばを流れる谷川のせせらぎが聞こえる。

 まだ昼には早いが、三坂峠の観音堂で頂いた弁当を開きこれからの托鉢に備えるのである。お茶の用意がないので、谷川の水を空のペットボトルに取って一足早い昼食の時を迎える。

 

食事を終えてしばしの休息

 草木や虫、鳥たちの生き様と己の生き様を対比するとき、そこに多くの気付きを得て来た円心である。

 その気付きこそ御仏の諭しであり、その時のそれらの生命は御仏そのものに他ならない。

 美しく咲く野の花は誰が見ていようがいまいが、そこにただ咲きつづける。その花の蜜を虫たちに。その呼吸から吐き出される酸素は動物たちに。やがて枯れ落ちる葉花は虫たちの餌となり他の草木の栄養として土を肥やす。

 そこにあるのは、見返りを求めない布施の姿である。しかし、万物の霊長と言われる人間の心は卑しい我欲に満ちている。かくいう円心もその一人である。

 足下に忙しく働く蟻を見るにつけ、己の身よりもはるかに大きく重い餌を一身に受けて巣に持ち帰ろうとする。その重い荷は己の食い扶持ではなく巣にいる仲間のため我が身をいとう事はない。同種の蟻同士では互いに助け合い闘争することがない。

 この自然の中にこそ見るべきものがあり、聞くべきものがある。

 

 人が人と対比する時、愚痴、怒り、ねたみ、憎しみが生まれる。又、安きに流れる人の心が、他人がやっているのだから自分がやって何が悪いと言わんばかりに、無闇に塵を捨て、場所を占拠し、他者への気使いなどまるでないままに参拝されるお遍路さんの実に多きことか。

 

 己の心中深くに居ます仏性への目覚めは、この自然との対比対話の中にその気付きを得、自らの心を洗い、磨く事から始まるのである。

 

 懺悔する心を植えつける為、札所手水場での作法に意味付けをしては三業懺悔の意思を表し心を浄めようとしてきたのだ。

   手を浄めては  心業懺悔

   口を浄めては  口業懺悔

柄を浄めては  意業懺悔 の意思表示

 

仏法の奥義は知らず。僧侶でもない一介の乞食遍路ではあっても、求道の道心は学識僧侶に劣らぬものと自負するものがある。まだまだ未熟ではあっても遍路の体験の中に行じてきた、体得の想いがある。

 

 歩き遍路の特権は、この自然との対比対話が出来るところにあり

「少し止まれ」と書く如く、歩くことの本質に立ち返って遍路して頂きたいものと思わずには居れぬものがあり「餓鬼にも劣るこの私でさえ今の境地に来れたのだ、誰に叶わぬ事があろう」と、三念流布に心を燃やす円心であった。

 

 時は人を待たない、現実の我に返るときもう十二時を過ぎていた。

この間一人の遍路も見かけることはなかった。

円心は身支度を整えて山の木々に向い合掌して

「南無釈迦牟尼仏 三念正起 浄土招来」と唱え

「南無大師遍照金剛」を三唱したのだった。

 

 麓の集落に降り、坂本屋の厠を借りて用を足して廻向文の実践行、托鉢に歩くのだった。

 家々の門に立ち

「ご当家ご諸霊のご供養と平安を祈願してここに読経し奉らん」

開経偈にはじまり廻向文に終わるまで、遍路として真言宗勤行次第を読誦する。

そして最後に「ご当家に幸多からん事を」

目を閉じて一礼することが、円心の行である。

 三軒まではお留守のようであったが、四軒目を過ぎて五軒目に指しかかろうとする時、後ろから「お遍路さん」と呼び止める声がして振り向くと四軒目の方であろう御婦人が「有難う御座いました、裏の畑に居たものですから失礼致しました」と菓子袋と〔お布施〕と書かれた封書を円心に手渡すのだった。

 円心は無言のままおしいただき「これが私の念いです」と、手書きコピーの三念をその御婦人に手渡し「ご迷惑で無ければお読み頂ければ幸いです」と言って一礼して次へと向かうのだった。

 

そして浄瑠璃寺・八坂寺を打って、西林寺手前の札始め大師堂に着いたのは夕焼けの空を仰ぐ時刻であった。

 お堂の前には幾十もの墓石がたたずみ真新しい花や供物が目につく。円心は先ず荷を負ったままその墓石に対し、般若心経一巻と「南無大師遍照金剛」を三唱した。

 

 お堂に入り荷を解いて、今日一日の生命への感謝の読経

 

 読経を終えた円心は、自らの三念・第二章・感謝・懺悔・祈願の三念について、第三章・遍路行・経文の行を開き、開経偈・三帰・懺悔文・般若心経・廻向文について、各々の行が成し得たか否かを自問するのであった。

 

経文はその内容を理解し実践してこそ御仏の慈悲・妙実を味わい得るものであり、幾ら文字をそらんじていても行ずる事が無ければ、絵に描いた餅である。

空想に浸るのみで何の味わいも無い。そればかりか、堕落の一歩にもつながりかねない危うさがある。

 

円心はまたしても自戒せずには居れないのだった。

 

托鉢で得た浄財とは別に、お接待として手作りのおにぎりと果物がありこれを夕食として頂く。

粗衣粗食、衣食住においてこだわりを持たず少欲知足に甘んじて巡る遍路行、ここに非日常の仏道修行の場がある。歩き遍路にとってその忍耐の道に行あってこそ、実のある遍路となり自己改善をとげ真実結願となるものを。なぜ行ぜずに先を急ぎ安易な参拝のみで納経帳に朱印を頂き、完結させることが遍路であるかのように。

見るものも見ず、聞くものも聞かず、自己満足のハイカーで終わるお遍路さんの実に多きこと。この現実を何とかしなければと心はやる円心である。

円心には遍路としての先達、まだ見ぬ師が居る。それは鯖大師におわす沙門明善その人である。

 

山道のそこここに道標として木につるされた下げ札。

表に  心をあらい 心をみがく へんろ道 鯖大師沙門明善 

 裏には  切  々   こまやかな心づかい  と書かれている。

この下げ札を幾度見たことであろう、これを見る度に己を叱咤してきた円心である。

 歩きでしか通れぬ道に掛けられたこの札は、沙門明善氏が歩かれたことを物語り後に続く歩き遍路を導いている。共に歩かずともそこに真の大先達が居られるのだ。

「よう来たな、心はやるな、心をあらえ、心をみがけ、やがて生きていることの喜びを知ろう。」と語り掛けて来るように、風に揺れていた。

 この札に書かれた文字の一字一字に心が現れる。心の先達沙門明善氏は師と仰ぐに足る人物であり、円心もまた、歩き遍路の心の先達として生きられればと心ひそかに願うものであった。

 弘法大師空海の霊跡を巡る遍路、それらには多くの謂れが在るがどこまでが真実なのか、幾多の偉人には神格化された伝説は残るがにわかに信じ難い一面がある。空海もその一人であろうとはいえ、偉大なる人物であったことに変わりは無い。そしてその空海の魂に導かれてここまでやって来たのだと、今更のように想い重ねるのであった。

 

 『生きるとは』この問いの答えを求めて求道の遍路を続けてきたのだ。そしてこれからも続くのだ。

 

 二度目の遍路の時の事であった。十二番焼山寺先、杖杉庵近くの道心禅道場の老師に教えを請うべく入門は許されたが、一月余りの行の中に三念流布を誓願とする己の求めるべき師に非ずとの思いから、下山して再び師を求めて歩き出したのだった。

円心にとって仏道の師は教祖釈尊であり、また遍路としての師は沙門明善氏である。しかし直に教えを受けるべき師を持たない。それで良いのかも知れない、なまじ求めて失望するより、自灯明で生きればそれで良いのかも、・・・・・。

 

円心の求道の道は続く。

 

時は移り数えて十度目の遍路。伊予三坂の地に足を踏み入れたのは葉桜にツツジ咲く五月のことである。

峠の観音堂に着いたのはまだ陽の照りつける時刻であった。道路わきの小屋に荷を置きギャラリーに向かう、扉に手を掛けると扉は難なく開いた。

「おや、五月には堂主は遍路に出ているはずなのに誰が留守を預かっているのだろう」と思いをめぐらしながら中を覗いて見ると、何と遍路に出たはずの堂主がそこに居るではないか。

「居られたのですか、遍路に出られたのでは」と聞くと「少し身体の具合が悪くてな」との返事が返ってきた。

 円心はこの堂主を気遣いながら半年余りをこの三坂で過ごす事となるのだが、円心もまた徐々に体調を崩すこととなってゆく。

 

この三坂は実に絶景の地である。

松山の市街、瀬戸内、遠くは広島の山並みも晴れた日にはハッキリと見渡せる。四季の彩りも鮮やかに、庭の桜やツツジや紅葉も彩りを添えている。

 唯一つ難を言えば、遍路道から少しそれることであろうか。歩きの遍路道は久万高原から国道三十三号線を上り鍋割り坂の土道を下るのだが、その分岐の先百メートルばかりの所に在るため、初めての歩き遍路の目に止まることは無い。車や自転車荷車遍路には目に付いても、足を止めることはまれである。それでも月に幾人かは泊まる人達が居る。

堂主は広報することをあまり好まない人であるため、これも致し方無い事かと寂しさをぬぐえぬまま庭の手入れに日を送る円心であった。

 

乞食遍路の円心には、日々の費えを得んがため時に托鉢に出ることがあるが、「托鉢の本義を見失ってはならない」「こんな托鉢であって良いのか」と己の在り方を問う。

収入を得る道も無いまま円心はついに生活保護に踏み切ったのである。その手続きの中、悲しい知らせを目にすることとなるのだが、それは母の死であった。父、そして今母の死をも看取ることが出来なかった己を責めずには居れない、打ちひしがれた姿がそこにあった。

兄弟からは勘当同然の身に在る円心ではあったが、その兄秀一から母の遺産として三百万円余りが送られて来る事となり、保護の申請は一端打ち切りとなったのである。

 

バスも余り多く通わない峠道、何をするにも足が無ければと車の免許を取り車を買った。世話を掛けるばかりの堂主にも、何がしかの報恩をせずには居れなかった円心である。

 

歳も改まり平成二十二年早春

収入も無いまま遺産の金も乏しくなってゆく中、己の誓願の道も遠のいてゆくような思いにとらわれる円心は、「ここでは無理のようだ、何とか別の場所を探さねば」「堂主もお元気になられた様だし私は私の道を歩こう」「求道の道心を忘れてはならん」と、誓願の芽吹きに向かって又一歩前進しようとするのであった。

 一遍路として巡り歩き続けて得たご縁、その縁を頼って御仏の導きのままに己の道を歩くしかないのだと、心新たにする円心であった。

 

 やがて阿波徳島県鳴門市に借家を借りて『三念庵』を立ち上げる事となるのだ。しかしそこでも、就職もままならず収入の道も無いまま体調思わしくない円心であった。何れは収入の道を切り開かねばならない事は言うまでも無い事だが、生活保護に踏み切らざるを得ず、細々と『三念流布』に向けて踏み出し誓願の芽吹きを迎えるのである。

 

『三 念 庵』

この芽吹きが育つものか、枯れるものか、唯、御仏の導きのままに己が精進あるのみと、求道の人生を歩き続ける円心が居る。

 

 

南無大師遍照金剛 歩き遍路心の旅路

 

南無釈迦牟尼仏  三念正起浄土招来

 

 

南無する心

 

忘れまじ